蝉女

台風の街を歩く。

ざっぱりとした風。

どこか恣意的な雨のリズム。

そわそわした家並み。

ちらほらと蝉が鳴いている。

 

お盆を過ぎたこの時期に居るのは、マイペースな蝉。台風の気配に触発されて末期とはちがう鳴き声を発している。それは、どこかエキセントリックで闊達な鳴き声だ。

 

雨降りの河原町でバスを待っていた。ようやく来たバスに乗り込み、入口のドアーに最も近い座席に腰掛けた時、けたたましい鳴き声がした。バスの後ろの方で、赤ちゃんがキーキー鳴いているのだろうと思ったが、次の瞬間、私の黒のワンピースの裾に、激しく振動する何物かの存在を知って、とっさにひゃっと一声挙げて、まさに恐怖して、何物か全く分からないがキーキーなく小さな生き物が、スカートにしがみつくのを必死で振り払った。バスの床にぽとりと落とされたのが、蝉だった。

しばらく、気まずい気分でちらちらとバスに居る蝉の様子をうかがった。蝉はしずしずと移動し、安全そうなドア付近の縦枠に居を定めた。やはり垂直にしている方が落ち着くのだろうか。状況の異変を感じて、蝉はもう鳴きはしないが、バスに蝉を持ち込んでしまった蝉女の方が恐縮した気持ちに陥っていた。

蝉女がバスを降りるころ、蝉はすっかり姿を消していた。

 

蝉の鳴き声の正体はその羽音だったはずだが、あの苦しそうなキーキーいう声は、物質的な重なりの音などではなく、まさしく肉感のある生き物から発せられる声だった。