バスにて

203号に乗る。車内に乗客は多くない。

バスはいわゆる劇場型バス。前半分は車体に沿って椅子が設置されていて、立つ人のための空間が広い。一方、後半分は二人掛の席が左右にシンメトリーに配置され、席に着けば車内を存分に鑑賞できる。

私は、客席の一番前の左側にすばやく座った。舞台上では、優先座席にブルドックのような顔をした大柄なおじさんがどっぷりと座っていた。いかにも何か始まりそうな予感。

バスの扉が閉り、発車しようとしたとき、誰かが駆け込んできた。勢いのある割に、それが葬式帰りのおばあさんだったので、なんだか拍子抜けした。ブルドックおやじ、チッと舌を鳴らす。やはり、この人は何かやってくれそうだ。最も見やすい席に座れたことに満足する。

葬式ばあさんは、ブルドックおやじの隣に座る。その隣にはおばあさんの姉妹が、二人掛に揃って座っている。

バスはなかなか発車しない。車道に車がひっきりなしに走っているので、なかなか車道へ入り込めないようだ。右折の指示器がカチカチ。ブルドックおやじはイライラ。

 

次の停留所で乗務員交代。これまでの運転手さんは退場し、新たな運転手さんが登場。元気のよい声で「乗務員交代をします。しばらくお待ちください」と言い、準備に取りかかる。

ふいにおやじが、「チンタラしてんじゃねえよ、このクソ運転手」と汚い言葉を吐く。あまりにも最悪な人間性。しかし、声が大きくなかったので、運転手さんは気付いていない様子。バスがマイペースに動き出した。この運転手さん、確かに遅い。せっかちな私も少しイライラするが、おやじを見ていると、この状況の可笑しさがすべてをチャラにしてくれる。

次の停留所で、おばあさん姉妹が降りる。同じ手つきで、220円を運賃箱に入れた。チャラ。チャラ。力加減やタイミングが同じなので、同じ小銭の音がした。

乗り込む人は少ない。新たな乗客も、それまでの乗客もみんな観客席に座っている。いつのまにか舞台には、おやじひとり。

バスはらりくらり。おやじはぶつぶつ。

たまに車内アナウンスの機械的な女性の声が、おやじの文句に呼応している。